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無い袖は振れない一方で、「選ばれる会社」になる必要があった
斧:前回の記事(前編・後編)を通じて、LiBの働き方改革の歩みを改めて振り返ってみて、いかがでしたか?
松本:常に葛藤していたことを、生々しく思い出しましたね。当時の状況はまさに「無い袖は振れぬ」の状況で、身の丈に合った組織運営しかできないから、ずっと葛藤していました。
どんな働き方にしたら社員が喜ぶかなんて、よほど鈍感じゃない限り、誰でもわかります。ただ当時はそれを実現する余裕がなく、雇用を守るために事業を安定させることが最優先だったわけです。自分は子育ては未経験ですが、きっとお菓子を欲しがる子どもへの対応と似ているんじゃないかと思いますよ。おいしそうに食べている姿はうれしいけど、全部のお菓子をあげたらどうなる?っていうシーンあるじゃないですか。そんな感じです。
そこからだんだんと余計なものがそぎ落とされて、事業も組織もシンプルになっていく中で、余力が生まれてできることが増えていって、今はとても良いカタチになっていると思います。でも振り返ると本当に辛かったですね(苦笑)。
斧:状況が好転してきたのはどのあたりですか?
松本:一番の突破口となったのは、人とtechの融合を目指す構造改革において、エンジニアがいないと成し遂げられない戦略を描いたことですね。
「働き方」と「採用」って鶏と卵の関係なので、需給のバランスを常々考える必要があると思っています。例えば今アメリカでは、採用力の強い会社が勤務方針をリモートから出社に戻し始めています。それでも採用市場で勝てるからそのような判断になるわけです。つまり、会社が労働者に選ばれる自信があれば強めの要求になるし、その逆の場合は、需給のバランスを調整して、労働者が求めていることに寄り添いながら集まってもらうことが必要になります。
LiBの場合は、ハイレベルなエンジニアに力を貸してもらうことが急務だったため、需給のバランスを考え、「選ばれる会社」に進化することが必須でした。今までの自分たちのやり方を押しつけていたら選ばれない、描いている未来に向かっていけない、このままだと無理ゲーが続いて破綻してしまう…という危機感があったわけです。
エンジニアに選ばれるためには、まずはリモート・フレックス・副業を当たり前にする。かなり勇気の要ることでしたし、最初は恐る恐る認めるというスタンスに近かったかもしれません。でも、少しでも採用に有利になることは全部やろうと決めて、開発のメンバーから部分的に試しました。
するとそれがわかりやすく効いてきて、既存のエンジニアも、フリーランスの社外協力メンバーも、期待以上の成果を出してくれました。自由で心地よい働き方がこんなにもワークするんだと証明してくれたことはうれしかったし、「ここから一歩進める」という確信が持てたんですよね。
「個人としての自分」と、「社長としての自分」の一致
斧:そこからだんだんと、今のワークスタイルに変わっていったわけですね。
松本:そうですね。コロナ前からじわじわと全社に広げていったので、コロナで半強制的にフルリモートになった時も、比較的スムーズに移行できました。あの時は世界中が手探りで、「まったく会わなくてもビジネスが成り立つの?」と半信半疑でしたよね。でも僕は、これを機に一気に世の中の働き方がアップデートされればいいなと思いました。LiBも、刻々と変わる社会情勢に合わせて、ちょうどいい塩梅を探りながら今のスタイルを確立しました。
あの頃、僕は心から、「個人の事情を最優先してほしい」と社員に伝えていました。個人としても心からそう思っていたし、経営判断としてもそれが理に適っていると考えたからです。
今思うとそれまでは、「一個人としての松本洋介」と、「社長としての役割を演じる松本洋介」がずっと拮抗していたんだと思います。経営者として会社を守るためには、ドライな判断をしなければならない。本当は厳しいことを言いたくないけど、言わなきゃいけない。でも本来の自分は、自分で言うのもナンですが、優しめの性格で(笑)。本音では、家族や個人の事情を大事にしていいよ!と言いたいわけです。
そんな「自分自身のねじれ」のような葛藤がどこかでずっとあったので、コロナを機に「個人の事情を最優先すべし」というメッセージを堂々と伝えられたのは、自分自身も救われたような気がしました。
斧:そんな「ねじれ」が解消された今、組織は自身の理想に近づいてきていますか?
松本:そうですね。僕は創業時から変わらず多様性を大事にしていて、いろいろな人に多様なグラデーションで組織に関わってほしいと思っていました。すべてを捧げてチャレンジしたい!という人もいれば、捻出できる時間の中でちょこっと関わる人もいる。それぞれの関わり方で、LiBが掲げているビジョン・ミッションに共感して、価値を生み出し続ける。それを「会社のため」に頑張るんじゃなくて、「自分のWillを叶えるため」に頑張る。そういう組織が理想です。
今のLiBは、まさにそんな感じがします。なんだかんだ「人」が好きな人が集まっていて、自分のことだけじゃなくて誰かの役に立ちたいと考えている。一方で、「仕事は人生の一部」と考えていて、人生トータルの幸せを大事にしている。そんなフラットな人が集まって、それぞれの頑張り方で活躍してくれていて、すごく僕の好きな組織になっています。
ただ、まだちょっと未熟だなと感じるのは、無謀なチャレンジに対してやや臆病なところかもしれません。本当に心理的安全性が高い組織は、とんでもなく高い目標を掲げて走れると思うんです。今のLiBは過去のハードシングスの傷があるからか、まだチャレンジに対してはぬるさがあるかもしれません。
他人の可能性を信じる組織にはなったけど、自分の可能性に対しては臆病なのかもしれないですね。会社の組織は社長に似るとよく言われるので、自分自身の話なのかもしれないですけど(笑)。いろいろな人がそれぞれのスタイルで、いい意味での無鉄砲さを身に着けてほしいと思いますね。
改革を通して学んだものを、行動指針としてパッケージに
斧:今年2月のリブランディングで刷新したミッションを踏まえ、10月にはVMVC(Vision, Mission, Values & Community Policy)を再整理しました。
まず、Valueの中に新たに制定した3つの行動指針についてお聞かせください。以前制定したものとは性質が異なるようですが。
松本:以前掲げていたValueは「Make Fans」「Do it Smart」「Lead the Way」の3つですが、そもそも制定の目的が大きく違いました。これらは今振り返ると、反省を踏まえた「制約」だったと思います。本来のValueは、皆が誇らしく思えるものを掲げたり、これを守っていれば健全に成長する!という北極星のようなものを置くべきなのですが、以前のものはそうではなかったと思います。
我田引水ではない意思決定をするための「Make Fans」、労働集約をやめるための「Do it Smart」、主体性がなくなっていく組織を鼓舞するための「Lead the Way」。正直に言うと、当時の僕たちにはこれぐらいしか掲げられなかったんだと思います。なんだかチェック項目みたいですよね?「おさない、かけない、しゃべらない」みたいな(笑)。
でも長い構造改革を経て、その役割はもう終えたかなと思ったんです。今のLiBは言われなくても「Make Fans」だし、日々の業務の中で「Do it Smart」はすごく意識しています。「Lead the Way」だけちょっと卒業が怪しいかもしれませんが、以前よりは主体性が格段に上がっているのではないでしょうか。
斧:役割を終えてValueを刷新するのって、きっかけとしてはすごく良いですね。
松本:そうですよね。過去を振り返って「今思うとレベルが低かったなあ」って思うのって、成長の証じゃないですか。Valueは言葉そのものが使われるかどうかよりも、本当に浸透するかどうかが大事だと思っていて、その点で過去の3つはもうしっかり浸みついて、役割を終えてくれたように感じています。
今回、斧さんがジョインしてくれたタイミングで、「誇らしく使うツールとしてのValueは、組織に自信があるときにしか生まれない」と言ってくれましたよね。それを聞いて、今はLiBにとって刷新するいいタイミングだと思ったんです。ハードシングスの3年間を乗り越えて学んだことを、集大成としてValueに込めてみようかな、と。そして、その3年間を知っている人たちと、新しく加わってくれた仲間をつなげるものになればと考えました。
斧:作る過程としては、まず社員から思いを吸い上げたのち、経営陣で要素を絞り、それをまた社員にシェアして意見を聞いて、最終的にブラッシュアップしましたね。こだわったポイントはありますか?
松本:大前提、社長がしっくりこないものは浸透しないだろうと思っていたので、自分がしっくりくるまでとことんこだわりました。ただ、言葉そのものよりは「何の要素を込めるか」が大事で、そこが固まった時点で9割は終わっていました。その後の「表現」はユーザーである社員や役員に気に入ってもらえるものになるといいな、と。
今回で言うと、Stack up Valueには「点より線」「仕組み化」、Act Directには「直接性」、Get Insightには「客観視」「多様性」「解像度」などの要素が含まれています。これらの要素はメインサービスである「LIBZ」の設計コンセプトにも密接にリンクしており、LiBが描く世界観を実現する上で大事しているキーワードと一致していたので、社員の皆さんにも違和感なく受け入れられたのだと思います。
これらはすべて、3年間の改革を通してLiBが学び、身に着け、大切にしてきたもの。それをこれからも当たり前に大切にしていくために、行動指針としてパッケージにしたわけです。
最初はもっと説明的で固い文章だったのですが、キャッチーさに欠けるという意見を多くもらって、使いやすいものに変えました。最後はみんなで一緒に作れた感じがして楽しかったですね。
斧:この中で、最も思い入れのある言葉はなんですか?
松本:「Stack up Value ~時間を味方に。」ですかね。キーワードとしては、最後にふっと頭に降りてきたんですけど(笑)。この言葉は、アーリースタートアップにはないもの、LiBが8年間歩んできたからこそ得てきたものが込められていると思っています。
LiBが掲げているビジョン、「生きるをもっとポジティブに」は、非常にスケールが大きいものです。一人では到底成し得ないことを、仲間で力を合わせて実現するために創業したわけです。社会が少しでも良くなるような価値を生み出したいし、願わくばそれが打ち上げ花火的なものではなくて、僕が引退しても続いていくようなコミュニティを創りたい。それは「一人じゃできない」、そしてさらにもう一つ大事なことは、「すぐにはできない」ということです。
本当に大きなインパクトを生み出そうとすると、やっぱり時間がかかるんです。スピードももちろん大事ですが、時間を味方にしてこそ叶うこともあります。今年より来年、来年より再来年と、できることや提供価値が増えていく。それに貢献した仲間たちも、今日より明日、今年より来年と、スキルや収入が伸びていく。事業も個人も、今日よりも明日が明るくなる。そういう「複利」を大事にしていきたいなと思っているんです。
斧:まさに、「生きるをもっとポジティブに」の体現ですね。
松本:そうですね。僕の周りには、ビジネスで大成功している経営仲間がたくさんいます。でも最近、成功ってなんだろう?幸せってなんだろう?と、よく考えるんです。
幸せって、決してお金の豊かさだけではなくて、「叶えたい未来へと向かっている」と感じられる手ごたえのある日々が続くことなんじゃないかと思って。「今日よりも明日がいい」って、シンプルに幸せだと思うんです。だから、「Stack up Value ~時間を味方に。」には、個人の人生にも、ビジネスにも、そういう複利を効かせて、時間を味方につけて一緒に成長していこうよ、という大事なメッセージを込めているんです。
「言行一致」こそ、これからのLiBが大切にしたいこと
斧:では、新たに制定した「Community Policy」はいかがでしょうか?
松本:もともと検討した当時の名称は、「人材マネジメントポリシー」というものでした。でも僕が創りたいのは冒頭にも話した通り、いろいろなグラデーションでそれぞれが活躍する「コミュニティ」です。さらに「人材」を「マネジメント」するって、LiBっぽくないというか、おこがましいな、と思って。実際この名称については社員からも指摘をもらいました。だから、「Community Policy」という名称に変更しました。これは、会社が組織として何を大切にするかを明示したもので、会社と社員との約束を記したものでもあります。
個人的には、Valueよりも大事だと思っています。自画自賛しますけど、「Best workstyle for Best performance」って言い切ってくれる組織、良くないですか?(笑)
松本:「Best workstyle for Best performance」は、LiBのサービスである「LIBZ」のサービスコンセプトでもあります。そのほかの「点より線」、「アビリティ指向」、「客観視とアップデート」も、LiBがこれまで積み上げてきたサービスの根本思想にあるものです。事業で実現したいと思っている世界観を、まずはLiBでも実現したい、LiBで実現しなくては、ビジョンやミッションの実現なんてできるわけがない、と思っているんです。まさに言行一致こそが、今回のCommunity Policyに込めた思いになります。
事業ドメインが人の仕事のカタチ作りをサポートする採用領域なので、自分たちが「こうありたい」と思う仕事のカタチをLiBで実現することが、そのままビジネスと一致するんですよね。それは経営する上でとてもありがたいことです。日々の仕事を通して自然に会社の在り方も意識できる、有利な事業構造なのです。
「隗より始めよ」の言葉にあるように、何よりもまずは自分たちが体現していく。LiBの事業に惹かれて入ってきた人は自ずとLiBの働き方にフィットするし、LiBの働き方に惹かれて入ってきた人は、自ずとLiBのサービスの提供価値にも共感してくれます。LiBというコミュニティにどこから入ってきてもズレない、そういう理想的な形になってきているように思います。
事業としての提供価値と、社員の行動やLiBというコミュニティの在り方を揃えていくこと。そして、そこでの行動指針を定めること。振り返ると、これが改革の仕上げだったと思いますね。
Community Policyによる組織運営で、世の中をリードする存在に
斧:人事制度や組織運営の面で、今後チャレンジしてみたいことはありますか?
松本:今後やってみたいのは、「東京中心ではない組織運営」ですね。LiBには全国各地からいろんなカタチで関わってくれているメンバーがいます。にもかかわらず社員総会などのオフラインイベントは東京がベースになっているので、社員総会は社員が住んでいる各地で順次開催するとか、そういうアイデアを妄想しています(笑)。
いろんな意見があると思うので、みんなで話し合ってみたいですね。「これはできるかも」「これはまだ時期尚早」というのを皆で会話しながら、組織という有機体をアジャイルに創っていきたいと思っています。
自分たちらしいCommunity Policyができたので、人事制度もそれをベースにして、世の中の価値観に合わせてアップデートしながら磨いていきたいなと。かつては「無い袖は振れぬ」でしたが、今後はその「袖」をみんなで広げていきたいと思っています。
斧: 最後に、ワークシフトがうまくいかず悩んでいる経営者にメッセージをお願いします。
松本:経営者の皆さんのお悩みは痛いほどわかりますし、よくご相談もいただきます。「安易な働き方改革はできない」「挑戦しても、手ごたえに自信がない」という声をよく聞きますし、労務的な難しさも重々理解しています。
その中で、LiBの成功体験からヒントになれば幸いだと思うのは、一つ目は「部分的に試してみる」ということ。急募のポジションや、どうしても採用できていないポジションがあるとしたら、経営者としてはそこにまず手を打つべきです。まずはそこだけでもこだわりを捨てて、労働市場のニーズに合わせてみる、というのをやってみるといいのかな、と。
二つ目は、「対話」です。経営者が厳しい判断をすると、周りからはその意思決定だけを見て経営者の人格を判断されがちです。でも「本当は自分だって社員のみんなに優しくしたいよ」という葛藤を抱えている方がほとんどだと思います。その葛藤を共有するだけでも、社員の中には安心感が生まれるのではないでしょうか。組織が大きければ大きいほど難しいかもしれませんが、その葛藤をどうやって乗り越えるか、どうやって理想を叶えるべきか、対話を重ねるのが大事だと思います。
僕たちもまだ道半ばですが、「Best workstyle for Best performance」をはじめとしたCommunity Policyに基づく組織運営を実現し、ベストプラクティスを発信して、ワークシフトの良い事例になれればと思います。「大丈夫、きっとパフォーマンスが上がりますよ、そのノウハウを提供しますよ!」と、世の中をリードできる存在を目指していきたいと思っています。
ライティング:高嶋 朝子(株式会社LiB)
撮影:土手 理香(株式会社LiB)